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第2回統合的陸域圏研究連絡会

日時:2007年5月13日(日)(日本気象学会2007年度春季大会第1日)

18:00〜20:00

場所:東京都渋谷区代々木神園町3−1

国立オリンピック記念青少年総合センター会議室310(大会C会場)

   
プログラム:
1.及川武久(筑波大学)(30分)
      「GAIM研究会の10年の歩み」
    2.谷 誠 (京都大学農学研究科)(30分)
      「半島マレーシア熱帯雨林における蒸発散特性」
    3.井口敬雄(京都大学防災研究所)(20分)
      「グローバル数値モデルを用いた大気中二酸化炭素の収支の研究」
    4.中田淳子(岐阜大学流域圏研究センター)(20分)
      「岐阜大学COE『衛星生態学創生拠点』〜中部山岳地帯における
観測と陸面モデルの開発」
    5.風岡 亮(京都大学理学研究科)(20分)
      「日本付近に到達する空気塊移動の特徴について」



講演要旨:


1.GAIM研究会の10年の歩み」 及川武久(筑波大学)

 19922月に始まったIGBP/GAIM研究会の10年余の活動の概要を、発足当時の経緯を中心として、紹介した。

 国際学術連合の勧告を受けて、日本政府は1990年にIGBP(地球圏−生物圏国際協同研究計画)を実施することを決め、日本学術会議が19922月に最初のIGBP国内会議を開催した。このIGBPには7つの研究領域が設けられたが、その第4領域としてGAIM(大気圏・水圏・陸圏と生物圏の相互作用を考慮した気候解析とモデリング)グループが発足した。この全体会議の後に領域別に分かれて、それぞれのグループの今後の活動について論議を行ったが、GAIMには34名という領域別の会議では2番目に多くの参加者があった。この場で及川武久(筑波大学)が委員長となり、木田秀次氏(当時は気象研究所)が事務局を担当していくことが決まった。しかし、ここに集まった34名の方は相互にほとんど面識がなく、それぞれの方がこれまでにどのような研究を進められてきたのかも全く分からなかった。そこでまず取り組むべきことは相互理解を深めることであるということで、GAIM研究会と称する勉強会を1992529日に初めて筑波の気象研究所で開催した。さらにこのときの研究会の講演要旨を中心としたGAIM通信を19928月に発行して、関連する方々に送付した。

 それ以降、GAIM研究会の開催とGAIM通信の発行を年2回のペースで10年以上にわたって続けた。さらに数年後からIGBPの精神である地球圏と生物圏の相互作用を真に実現する研究を立ち上げるために、文部省の科学研究費を獲得してきた。その結果、基盤研究Aとして、小島覚先生(当時は富山大学)、末田達彦先生(当時は名古屋大学)を皮切りに、以後、木田先生(当時は京都大学)、続いて及川(当時は筑波大学)4件の課題が順次、採択されて、GAIM研究会で論議してきた研究を実施に移すことが出来た。環境省の地球環境研究推進費の中にもGAIM関連のプロジェクトが採択されて、GAIM研究会の活動の大きな支えとなった。さらに環境省が平成14年に初めてトップダウン式に始めた戦略課題に「21世紀の炭素管理に向けたアジア陸域生態系の統合的炭素収支研究(通称S-1プロジェクト)が選定されて、及川がプロジェクトリーダーを務めるとともに、GAIM研究会で活動をともにしてきた多くのメンバーが研究に参画された。この5年間にわたるプロジェクトも、平成193月に大きな成果を挙げて終えることが出来た。しかし、ここで最大の痛恨事はS-1プロジェクトのアドバイザリーボードのお一人として、常に深い洞察力に基づいたご意見をいただいてきた木田秀次先生が、昨年11月にお亡くなりになったことである。このS-1プロジェクトが始まったのも木田先生とともに進めてきたGAIM研究会の実績が評価されたからに違いなく、先生を失ったことは返す返すも残念でならない。

 GAIM研究会の後継として、昨年、気象学会に「統合的陸域圏研究連絡会」が馬淵和雄さん(気象研究所)を委員長として立ち上がった。馬淵さんはGAIM研究会の中心メンバーのお一人であったので、これまでのGAIM研究会の活動を参考にされながらも、新たな研究方向を開拓していっていただきたい。

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2.「半島マレーシア熱帯雨林における蒸発散特性」 谷 誠(京都大学)

 熱帯雨林の気候に及ぼす影響は、温室効果ガス交換過程を通じて、また、蒸発散・熱交換過程を通じて行われ、これらの評価がともに重要である。そこで、微気象観測、林内水収支観測によって、長期蒸発散量を推定するとともに、そこで見いだされた遮断蒸発に関する問題点について議論した。

 半島マレーシアのPasoh森林保護区のタワーにおいて行われた1996-99年の微気象観測をベースに蒸発散量を推定した(Tani et al., 2003a, b)。その方法は、短期間の渦相関法とボーエン比法の観測結果から、空気力学抵抗、表面抵抗の特性を見いだし、Penman-Monteith式に入れて長期蒸発散推定を行うというものである。そのためには、森林で量的の多いため重視されている樹冠に付着した雨水の遮断蒸発と蒸散の区分をしなければならないが、そのために、樹冠通過雨量、樹幹流下量を1年間測定し、そのデータからRutterモデルを用いて樹冠の付着雨水量の変動を推定した。観測によると樹幹流下量は非常に少なく、樹冠通過雨量は林外雨量の83%程度であった。観測期間中には、97-98年のエルニーニョが含まれ、少雨乾燥期間があったが、蒸散量は飽差による制限を受けつつも、土壌水分による極端な抑制までには至らず、遮断蒸発量を含む蒸発散総量は純放射による供給エネルギーの大部分を占める傾向が継続した。これはアマゾンの熱帯雨林と類似した傾向であった。

 この推定では、樹冠の最大雨水付着量を一般の値より大きくしても遮断蒸発量を過少評価する傾向があった。そこで、さまざまなスケールの空間不均質性の影響を把握して樹冠遮断蒸発を評価するため、10m2程度の大型林内雨量計2台と100mのライン状に1m毎に置かれた100個のポット型雨量計を用いて、3ヶ月間の樹冠通過雨量観測を追加実施した(Konishi et al., 2006)。その結果、樹冠通過雨量は、高木の樹冠平均長11m程度の周期を持って変動するとともに、倒木後のギャップ形成などによる、大きなスケールで変動することが明らかになった。ただし、通過雨量の多い場所の周辺には少ない場所が生じていて、平均化がみられるようであり、樹冠通過雨量は林外雨量の81-84%程度にはいることが確認された。しかし、樹冠通過雨量の10分ごとの時間変動を見ると、熱帯特有の短時間強雨であっても、強い雨の期間に降雨遮断が生じており、これについては、樹冠において林外雨量よりも大きな雨滴径とともに小さな雨滴径も生産されるメカニズム(Nanko et al.,, 2006)やその蒸発(Murakami, 2006)の関与が示唆された。

引用文献

Konishi, S., Tani, M. Kosugi, Y. and Takanashi, S., Mohd Md Sahat, Abdul Rahim Nik, Niiyama, K. and Okuda, T.: Characteristics of spatial distribution of throughfall in a lowland tropical rainforest, Peninsular Malaysia. Forest Ecology and Management 224: 19-25, 2006.

Murakami, S.: A proposal for a new forest canopy interception mechanism: Splash droplet evaporation. Journal of Hydrology 319: 72-82, 2006.

Nanko, K., Hotta, H. and Suzuki, M.: Evaluating the influencee of canopy species and meteorological factors on throughfall drop size distribution. Journal of Hydrology 329: 422-431, 2006.

Tani, M., Abdul Rahim N., Ohtani, Y., Yasuda, Mohd Md S., Baharuddin K., Takanashi, S., Noguchi, S., Zulkifli, Y. and Watanabe, T.: Characteristics of energy exchange and surface conductance of a tropical rain forest in Peninsular Malaysia. In Okuda, T., Manokaran, N., Matsumoto, Y., Niiyama, K., Thomas, S.C. and Ashton, P.S (eds.) : Paosh ? Ecology of a Lowland Rain Forest in Southeast Asia., 73-88, Springer, Tokyo, 2003a.

Tani, M., Abdul Rahim N., Yasuda, Y., Noguchi, S., Siti Aisah S., Mohd Md S. and Takanashi, S.: Long-term estimation of evapotranspiration from a tropical rain forest in Peninsular Malaysia. In Franks, S., Bloeschl, G., Kumagai, M., Musiake, K. and Rosbjerg, D. (eds.): Water Resources Systems ? Water Availability and Global Change, IAHS Publ. No. 280, 267-274, IAHS Press, Wallingford, 2003.

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3.「グローバル数値モデルを用いた大気中二酸化炭素の収支の研究」 井口敬雄(京都大学)

京都大学大学院理学研究科に入学以来、木田秀次先生の指導のもと二酸化炭素(CO2)の循環をテーマに研究を続けてきた。最初に、大気中におけるCO2の濃度分布を再現するための3次元大気輸送モデルを作成した。このモデルは大気をグリッドボックスに分割し、ボックス毎に出入りするCO2のフラックスを計算して次タイムステップのCO2量とその濃度を計算するという独自のスキームを用いており、モデル内のCO2質量の総和を保証している。この輸送モデルを用いて、ECMWF/TOGA Re-analysis大気データ、NASA/GISS地表面炭素交換データを入力値として炭素濃度分布のシミュレーションを行った。得られた濃度分布をWMO/WDCGGが収集した世界各地のCO2観測データから内挿で求めた濃度分布と比較したところ、北半球の濃度が高く、逆に南半球の濃度が低くなるという結果となった。これは北半球において更に大きな吸収源が必要であり、逆に南半球では吸収が強すぎると言う事を示唆している。また水平濃度分布についてモデル値と観測値を比較したところ、等値線の形から北太平洋が実際は吸収である可能性が示唆された。そこで地球表面をおおまかに分割してそれに対応するNASA/GISSフラックスデータにファクターを掛け、モデル値の南北両極の濃度差が観測値と合致するようにした。その結果、NASA/GISSフラックスデータにおいて化石燃料の放出を5.3GtC/yr6.0GtC/yr、土地利用による放出を0.3GtC/yr1.0GtC/yr、北半球における植生の吸収を0GtC/yr2.0GtC/yr、南半球における海洋の吸収を 3.0GtC/yr1.9GtC/yrと変更することにより、南北両極の濃度差を観測値にほぼ合致させるとともに、水平濃度分布についても観測値とより良く似た分布を得る事が出来た。現在の統合的逆転法(TransCom)の手法に比べると数学的には稚拙であったが、得られた結果は現在の推定値と比較しても大きく異なるものではなかった。

次に、大気大循環モデル(GCM)によって計算された大気データによるCO2の輸送実験を行った。気象研究所の千葉長氏よりソースコードレベルでGCMを提供していただき、我々の輸送モデルの鉛直層分けをGCMに合わせた。GCMでは大気のデータをスペクトル係数として保持するが、これらを用いて輸送モデルのグリッド位置における値を求め、CO2輸送の計算を行った。再解析データを用いた場合、地表付近の鉛直解像度が良くないため境界層の取り扱いが非常に難しくなるが、GCMの値を用いた場合はこうした問題が無く、地表面近くの濃度勾配も滑らかに再現できた(観測値との比較による検証等は行っていない)。この作業は現在のところ直接研究成果に結びついてはいないが、培った技術は今後さらに陸上生態系モデルも加えて大気との相互作用も含んだCO2濃度変動をシミュレートする数値モデルを構築する上で役立つものと考えている。

 そして、大気−陸上生態系結合モデルの開発を目指して筑波大学生物科学系の伊藤昭彦氏・及川武久先生が開発したSim-CYCLEを提供していただき、水平解像度2.5゚×2.5゚、タイムステップ1日のグローバルモデルに改造した。植生分布はMatthews(1983)を基にした11種類のマップ(伊藤氏作成)を使用し、Whittaker(1975)NPPと炭素保有量のデータに基づいてパラメータの調整を行った。大気輸送モデルとの結合においては両者の水平グリッド領域を同一にし、Sim-CYCLEで計算された植生フラックスは輸送モデルの入力値として用い、逆に輸送モデルで計算されたCO2濃度分布はSim-CYCLEの入力値とした。両モデルともNCEP/NCAR再解析データを入力値とし、陸上生態系以外のCO2フラックス(化石燃料、土地利用、海洋)は前述の修正を加えたNASA/GISS CO2フラックスデータを用いた。シミュレーションの結果、陸上生態系による炭素の吸収量は1.24GtC/yrであった。しかし北半球夏季におけるCO2の減少が、観測値に比べて弱く長期間持続する形となり、季節変化の正確な再現が課題として残った。一方、Sim-CYCLEを単独で用いたCO2漸増実験では、全球合計した陸上生態系から大気へのCO2フラックスの年々変動は観測値から推定される大気中年間CO2残留量の年々変動とよく似ており、ENSO監視指数との相関も見られた。今後はこうしたCO2収支の年々変動について数値モデルを用いて研究を行うと共に、大気−陸上生態系結合モデルの開発も続けていく予定である。

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4.岐阜大学COE『衛星生態学創生拠点』〜中部山岳地帯における観測と陸面モデルの開発」 中田淳子(岐阜大学)
 岐阜大学21世紀COEプログラム『衛星生態学創生拠点』では、生態プロセス研究とリモートセンシング解析の融合・統合を
図り、その結果を基に気象観測・モデリング解析を加え、これまで解析が困難であった複合生態系を統一的に理解すること
を目指している。今回の発表では、衛星生態学の概要説明に加え、モデリング解析グループが行っているNCAR_LSMのオフラ
イン実験について紹介した。実験では、高山試験地の針葉樹林サイトにおける気象観測データおよび生態パラメタを用い、
NCAR_LSMの改良を試みた。結果として各フラックスについて改善が見られたものの、ササ群落の蒸発抵抗に関しては改善が
必要であり、今後の検討課題となった。

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5.「日本付近に到達する空気塊移動の特徴について」 風岡 亮(京都大学)
 本研究では,空気塊の7日間のバックワード流跡線が計算されながら,1994年から2003年までの10年間における1月の北海道
領域,関東領域,および九州領域に到達する空気塊の移動が解析された。調査された空気塊は,各領域内の大気境界層上層
付近に到達するものである。10年平均された1月の空気塊移動が解析された結果,これまで良く知られているように,北海道
領域,関東領域,および九州領域に到達する空気塊は,主にユーラシア大陸から東向きに移動してきており,部分的にカム
チャッカ半島から西向きに移動してきている。また,各年における1月の空気塊移動が解析された結果,関東領域と九州領域
に到達する空気塊は,10年平均の特徴と同様に,主にユーラシア大陸から東向きに移動してきていた。しかしながら,北海
道領域に到達する空気塊は,いくつかの年の間隔で,主にカムチャッカ半島から西向きに移動してきていた。北海道と九州
は,地球規模でみて非常に近い位置関係にあるが,北海道領域に到達する1月の空気塊の移動の性質は,関東領域や九州領域
に到達するものと異なっていると考えられる。このため,関心のある地域に到達する空気塊の移動について考える場合,そ
の地域の地理的位置は重要である。

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