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第6回統合的陸域圏研究連絡会


日時: 2009年5月30日(日)(日本気象学会2009年度春季大会第3日)
     18:00〜20:00

場所: つくば国際会議場
     4階 小会議室403

講演者および講演題目:

    1.平野高司(北海道大学)
      「熱帯泥炭林の炭素収支」
    2.田中克典(地球環境フロンティア研究センター)
      「熱帯域森林の蒸発散の季節変化」
    3.蔵治光一郎(東京大学)
      「アジア熱帯域における降水の時空間的変動の特徴と陸域過程」
    4.小杉緑子(京都大学)
      「陸域生態系モデルにおいて特に考慮すべき熱帯雨林のガス交換特性とは」


講演要旨:


1.「熱帯泥炭林の炭素収支」 平野高司(北海道大学)

 泥炭は,地下水位が高く保たれた嫌気的(還元) 条件において植物遺体が分解せず,それらが数千年にわたって堆積して形成された有機質土壌であり,世界全体で総陸地面積の約3%に相当する400万km2 に分布し,土壌炭素の約1/3を蓄積している。泥炭湿地は巨大な炭素貯蔵庫(プール)であるが,開発にともなう水文環境の悪化による泥炭の好気的分解と, 火災による燃焼のため,泥炭湿地が大規模な二酸化炭素(CO2)発生源(ソース)になることが危惧されている。今後,人為的撹乱や気候変動により泥炭の脆 弱性が一層高まり,100年間で泥炭地が100 GtC(炭素換算で109トン)のCO2ソースとなる可能性が報告されている。この量は日本の年間CO2排出量(2004年度)の約280年分に相当す る。このような環境撹乱が最も顕著なのが東南アジアの熱帯泥炭地である。東南アジアには,陸地面積の約10%に相当する27万km2の泥炭地が存在し, 42 GtCの土壌炭素を蓄積していると推定されている。低平地の泥炭地には湿地林が発達するが,年率1.5%の速度で伐採が進んでおり,すでに12万km2 (45%)が開発(森林伐採,排水)された。撹乱が生じた泥炭地では,エルニーニョ年を中心に大規模な火災が発生することが多い。また気候モデルの将来予 測によると,インドネシアの降水量が減少し,泥炭地の乾燥化が進むことが示唆されている。
われわれは,インドネシア中部カリマンタン州の州都パランカラヤ市の近郊に広がる熱帯泥炭地に存在する1)未排水(未撹乱)の熱帯泥炭林,2)排水された 熱帯泥炭林,および3)排水された泥炭林の伐採跡地,にそれぞれ観測用のタワーを建設し,微気象学的方法のひとつである渦相関法を用いて,各生態系と大気 との間で交換されるCO2量(NEP)を連続観測している。2004〜2005年の1年間の測定結果をもとに,これらの3つの生態系における年間のCO2 収支を評価すると,未撹乱の熱帯泥炭林も含めてすべての生態系でCO2を放出しているという結果となった。具体的な放出量は,未撹乱の熱帯泥炭林で約 100 gC m-2 yr-1,排水された熱帯泥炭林で約400 gC m-2 yr-1,伐採跡地で約800 gC m-2 yr-1であった。100 gC m-2 yr-1の炭素放出は,1.4 mm yr-1の泥炭消失に相当する。未撹乱の森林がCO2の放出源であったのは,火災(野火)の煙で日射が遮られて樹木の光合成が低下したことがある程度影響 していると考えられるが,それだけでは説明がつかないため,長期的な変動として,熱帯泥炭林は未撹乱であっても,すでにCO2の放出源となりつつあること が示唆されているのかもしれない。また,排水された熱帯泥炭林でCO2放出量が大きいのは,地下水位の低下によって泥炭の好気的な分解が促進された結果で あると考えられる。さらに,排水された伐採跡地が非常に大きなCO2放出源であったのは,主に植生によるCO2の吸収が少なかったことによると考えられ る。この地域では,伐採後の1997年と2000年のエルニーニョ年に植生が焼失し,現在,草本を中心とした植生の回復が進んでいる。植生の回復にとも なって,CO2放出量が減少していくものと予想される。

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2.「熱帯域森林の蒸発散の季節変化」 田中克典(地球環境フロンティア研究センター)

発表では、タイ北部の常緑林と落葉林(チーク・プランテーション)の観測サイトにおける蒸発散の季節変化を示すととも に、発表者が同観測サイトで取り組んでいる最近の研究結果についても触れる。ここで示す蒸発散の季節変化は地表面モデルによる推定結果である。蒸発散のう ち蒸散と遮断蒸発について、それぞれ樹液流速の観測結果および林外・林床の降水量と樹冠流量とで求まる遮断蒸発量で検証を行っている。
常緑林の蒸発散の季節変化
タイ北部の季節は、雨季、乾季の前半と気温が高くて最も乾燥する後半に大分される。研究当初、乾季には植物が体内の水分損失を抑えるために気孔を閉じ、蒸 散を抑制すると予想されていた。しかし、乾季後半において、気孔コンダクタンスに明らかな減少が見られなかったこと、樹液流が乾季後半に最速になったこ と、渦相関法による短期の観測よって乾季後半樹冠からの水蒸気放出が示されたこと、さらに流域からの流出が途絶えなかったことから、乾季後半でも蒸散が活 発に行われると考えられた。モデルによる蒸発散の見積もりでは、個葉の気孔コンダクタンスに関するパラメータ値を、観測で得られる上限と下限の間で変化さ せても、蒸散のピークが乾季後半に現れた。この蒸散のもとになる水分が土壌のどの部分から供給されているのかという疑問を解決するため、土壌水分の減少と ともに、気孔コンダクタンスが低下するようにモデルの改良を行った。このモデルを用いて、根系深(あるいは土層の厚さ)を変えながら蒸発散の数値実験を 行ったところ、樹液流が乾季後半に最速を示す特徴と年間流出量と年間降水量との差で求められる年間蒸発散量とを効果的に再現するには、根系深を4−5mに 設定する必要があった。貫入試験器を使った土壌深の測定は、土壌層の厚さが平均して約5mであることを示し、モデルの結果を裏付けた。また、8年間にわた る入力データを用いて、蒸発散の再現実験を行ったところ、ほとんどのケースで乾季後半に蒸散ピークが現れたものの、無降雨期間が極端に長い乾季において は、その後半に蒸散ピークが現れなかった。
落葉林の蒸発散の季節変化
落葉林の観測サイトは常緑林のサイトに比べ、標高が約1000mも低く気温が約6℃程度高くなっており、年間降水量が少なく、雨季の間、雲の出現率も比較 的低く日射量が多いため、可能蒸発量も多い。対象のチーク・プランテーションは1968年に植栽され、現在平均樹高が17.2mとなった。貫入試験器によ る土壌深の測定で土壌厚が1m前後だったことから、根系深も1m程度であると考えられる。展葉は通常雨季とともに開始し、乾季に土壌水分量が最少になり始 めるころから落葉が本格化し、乾季の後半までに完全落葉する。1mの根系深に加え、この葉面積指数の季節変化を考慮して、地表面モデルによる蒸発散量のシ ミュレーションを行った。モデルは土壌水分量の季節変化の観測結果を十分に再現できた。モデルで計算される蒸散は、チーク数本を対象に行った樹液流速の観 測結果と比較され、雨季と雨季から乾季にかけて起こる土壌水分量の低下とともに樹液流速(あるいは蒸散速度)が遅くなる様子をうまく再現した。モデルは、 完全落葉中に起こる数mm程度の降雨イベントでは、地面に到達する降水量のほとんどが大気に土壌面蒸発として消費されることを示した。これらの降雨イベン ト中と後で、深度10cmで土壌水分量の増加が観測されなかったことからも、この現象が実際起こっていた可能性が高い。モデルに一定の葉面積指数を与えて 数値実験した場合(常緑林を仮定した場合)、葉面積指数の季節性を考慮したときと同様に、モデルで計算される蒸散の季節変化は樹液流速の観測結果と概ね一 致した。これは、蒸散がもっぱら降水による収入と蒸発散による支出とで決まる土壌水分量に制限されていたことを示す。葉面積指数の季節を考慮した場合、モ デルで計算される群落の純光合成速度は、群落が着葉期間中のほとんどで二酸化炭素ガスを吸収することを示したが、葉面積指数を一定にした場合、土壌水分量 が最も少なくなる乾季、特に群落が本来落葉している間において、呼吸速度が光合成速度を上回り、群落が二酸化炭素ガスを放出することを示した。乾季の落葉 は、年間を通じた炭素吸収量を考えた場合、葉の呼吸量増加による炭素の損失を抑えることから、理にかなったふるまいだと言える。葉面積指数を一定にしたと きの数値実験において、群落が二酸化炭素の吸収する連続期間(LDPA)の始まりと終わりはそれぞれ着葉開始時と完全落葉前に概ね一致したことから、着葉 期間の予報が可能なのかもしれない。同じ葉面積指数を一定にした数値実験で、透水性が悪く保水性のよい土壌を仮定したり、より深い根系を仮定したりする場 合で、それぞれ、土壌水分の損失速度が流出速度の低下によって鈍くなったり、植物の利用可能な水の容積自体が増えたりするため、LDPAの終わりが遅くな る。最大葉面積指数を増加した場合や光合成活動を活発にした場合、蒸散による土壌水分の消費が増え土壌水分量が早く低下するためLDPAの終わりが早くな る。これらの数値実験は、それぞれの土壌が持つ水利特性や植物群落の最大葉面積指数や根系深などの特性によっても、着葉期間が変化する可能性を示す。

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3.「アジア熱帯域における降水の時空間的変動の特徴と 陸域過程」 蔵治光一郎(東京大学)

 東南アジアの陸域は雨季乾季の明瞭な熱帯モンスーン気候地域、明瞭な乾季のない熱帯雨林気候地域の2つに大きく区分される。両地域とも近年の土地被覆の 大規模な変化や社会経済情勢の変化に伴う水利用量の増大による様々な問題が生起しており、陸域の水循環過程に大きく影響を与えている。そこで両地域にそれ ぞれ対象領域を設け、降水量のデータ収集や観測を10年以上続けてきた。
熱帯モンスーン気候地域では、北タイ・チェンマイから西に約100kmのメーチャム流域、約4200km2を対象とした。ここでは豪雨による山腹崩壊、土 石流、乾季に川から水を引く灌漑による農業、少雨による渇水、上流・下流間の水の取り合いなどが問題となっており、1998年4月には水不足のため下流域 の農民が国道を封鎖し、乾季に農業用水が不足している原因は上流域の山岳民族の人口増大、農地拡大、水の浪費であり、水源域から山岳民族を退去させるよう 政府に要求した。この地域に雨量計を約230km2/個の密度で配置して計測した。熱帯雨林気候地域ではボルネオ島北部のサバ、サラワク両州、約20万 km2を対象とした。ここでは数年に一度発生する乾燥期の樹木の一斉開花や山火事、アブラヤシ農園開発に代表される大規模な土地被覆の改変が顕著である。 ここでは自前の雨量計は3地点程度に配置し、気象局、灌漑排水局の長期観測データを収集した。
雨量計には転倒マスの転倒時刻を1秒単位で記録するロガーを設置し、超短期間の降水強度を捉えた。観測は10年に及び、年々変動、季節変動、季節内変動、 日周変動を議論した。現業機関からは20〜50年間の日降水量を収集し、季節変動、年々変動、乾燥頻度変動を議論した。メーチャムでは、降水量、降水時間 の標高依存性が顕著である一方で、降水強度は標高に無関係に一定であることがわかった。年々変動も同様に、降水量と降水時間が同期しており、東斜面、西斜 面での違いはなかった。台風くずれによる降雨の特性や、山地災害をもたらす豪雨の発生メカニズムなどが今後の課題である。
サラワク州のランビル国立公園に設置した雨量計では、2000〜07年の8年間の平均年雨量2649mm、平均降雨日数212日(0.5mm以上)、平均 降雨時間737時間、最大日雨量214.0mm、最大時間雨量94.0mmであった。現業期間の長期データから、この地域の年降水量には 1291〜5408mmと大きな幅があった。湿潤雨林気候地域でも降水には季節変動があり、その季節変動には地域性があった。エルニーニョの影響は全域に 同じフェーズで来るため、JFM期に少雨の地域で乾燥が強まることがわかった。日周変動は海岸からの距離によって変わり、海岸では夜にピークとなる傾向が あったが、そこから5.5km、13.5km内陸に入った地点では、夜のピークが低くなっていき、それに代わって午後のピークが見られるようになっていっ た。このような日周変動パターンを示すメカニズムや、乾燥イベント頻度の長期多地点日降水量データを用いた評価が今後の課題として指摘された。

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4.「陸域生態系モデルにおいて特に考慮すべき熱帯雨林 のガス交換特性とは」 小 杉緑子(京都大学)


1.Pasohサイトでのガス交換研究の紹介
  森林樹冠のガス交換は微気象条件や各種の生物活動が複雑に関係する動的なプロセスである。植生面上の熱・水・二酸化炭素交換過程を理解するためには、 植生面上において実際にこれらのフラックスの長期観測を行うこと、またこの際にフラックスを決定すると考えられる諸要因について同時に観測を行うこと、さ らにできうるかぎりメカニズムにもとづいたモデルを用いて観測結果を解析することが重要であると考えられる。半島マレーシアPasoh森林保護区は 1970年のIBP以来長期間にわたって生態学的調査が行われてきたサイトであり、またタワーが52mに延伸された1995年以降、気象観測とともに微気 象学的手法をもちいた樹冠上熱・水フラックスの連続観測が、またCO2を含むフラックスの乱流変動法による短期間での観測が行われてきた。このような背景 をふまえて、Pasoh森林保護区におけるガス交換動態を明らかにするため、2002年9月より樹冠上乱流フラックスおよび微気象の連測観測システムをた ちあげ、以来7年にわたってガス交換動態に関する素過程を含む長期観測を実施してきた。研究連絡会ではこれまでの研究成果の一部を紹介した。
(参照:Kosugi et al., Tree Physiology, 29, 505-515, 2009; Ohkubo et al., Tellus, 60B, 569-582, 2008; Kosugi et al., Agricultural and Forest Meteorology, 148, 439-452, 2008; Kosugi et al., Agricultural and Forest Meteorology 147, 35-47, 2007, Takanashi et al., Tree Physiology, 26, 1565-1578, 2006)
2.3つの陸域生態系モデルをPasohに適用した際の比較
多層モデル、Biome-BGC, simCYCLEの3つのモデルをPasohに適用した結果をしめした。この結果から下記のことが強く示唆された。即ち―「バリデーション」の条件を満た すのに、モデルの構造の違いは問題ではない。信頼できる実測データを元にしてパラメータチューニングすれば、目的に必要なアウトプットを、観測結果と「合 わせる」ことが可能である。またそうしなければならない。しかし、そのモデルの構造とパラメータセットが、広域シミュレーション・環境変動シミュレーショ ンをサポートしているかどうかは、観測とそれに基づくパラメタリゼーション情報が圧倒的に限られており、さらにはこれらの生態系パラメータの変動に関する 統一理論がない現状では、まったく保障の限りではない。
3.多層モデルを用いた、気候および植生タイプがガス交換に及ぼす影響の評価
多層モデルを用いて、温帯常緑広葉樹林若齢林および熱帯雨林天然林のガス交換が、気候および植生タイプをいれかえたときにどのように変化するのかを数値実 験した結果を紹介した。ガス交換に与える気候値の影響は非常に大きい。また森林タイプの違いによる差は熱帯域ほど出やすい可能性がある。ただし、実際これ らの森林で気候が変わった場合に各種生態系パラメータが不変のままとは考えられず、新しい条件に対する「平衡」がおこると予想される。数値実験で分かるこ とは確かにある。しかしまだまだこれだけの情報では、環境変動に対する森林の反応や、森林タイプの違いがガス交換に及ぼす影響は、完全にはわからないとい える。
4.2.3.を踏まえた問題提起
フラックス観測はやっとデータが蓄積されてきたところで、解析すべき点がまだまだ残されており、一方モデルの方は計算のみ先行している。このような状態で 今一番必要なのは、モデル化を意識した観測と、観測結果を読み解くツールとして数値モデルを用い、現象を正しく捉え理解することではないか。
森林生態系の様々な営みとその特性のなかで、特に考慮すべき、ガス交換への寄与や環境変動に対する変動幅の大きな要因を、抽出し、観測し、解析し、パラ メータ化し、比較し、さらにはそれらのパラメータの決定要因・変動幅と、環境との相互作用について、情報を集める必要がある。




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