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野外調査日記

8/24〜8/31の記録  

● 8月24日 (曇り)

 大分県玖珠郡九重町湯坪に借りた前線基地に、仕事と生活の拠点を移しました。調査道具、衣類、調理用具・食材・調味料、コンピューターセット、論文執筆用の文献等々を、軽自動車(しかも後部座席が前に倒れない非貨物仕様)で運んだ為、ほとんど最密充填という感じの移動でした。本日から二ヶ月近く、昼は野外調査、夜は論文書きという生活が始まります。

 今年も去年と同じく、温泉街の外れの潰れたスナックを借りました。この建物は元々はお店だったため内風呂がなく(トイレ・台所などは付属しています)、入浴は大家さんの経営する民宿(徒歩2分)の露天風呂を利用させてもらっています。

〜 潰れたスナック 〜


 

● 8月25日 (晴れ)

 昨晩は室温が20℃近くまで下がり(借家は標高約1000mの冷涼な高地にあるのです)、久しぶりに快眠できました。私にとってフィールドワークの開始は、その夏の終わりを意味します。今年の夏も短かったです。暑いの嫌いだから別にいいんですけど‥

 本格的なデータ取りは来月から始める予定なので、今月いっぱいは、その準備に当てるつもりです。実は今の段階においてもなお研究計画が煮詰まっていないのですが、予定としては、今年度は実験集団とハガクレ・エンシュウそれぞれの自然集団との3カ所で仕事を行うはずです。そのようなわけで、本日の午前中は実験集団の設営準備、午後はエンシュウの自然集団の様子を探るため万年山まで行って来ました。ちなみに住居から実験集団のある九大山の家までは車で約10分、エンシュウ自然集団のある万年山までは約1時間、ハガクレ自然集団のある男池までは約30分かかります。今年の仕事は、移動に裂く時間が長くなりそうです。

〜 エンシュウツリフネソウ自生地(万年山) 〜


 

● 8月26日 (雨、のち雷雨)

 今日は朝から雨降りの一日でした。調査の準備は急ぎではなかったので、午後に2時間程度の野外作業を行った他は、ずっとディスクワークをしていました。雨の音を聞きながら机に向かっていると、なんだか妙に集中できて、仕事がはかどりました(ホームページの更新もはかどりました)。いつもこんな感じならば、良いのですが。

〜 スナックのソファーとテーブルを使って論文執筆 〜


 

● 8月27日 (曇り、時々雨)

 午前中に実験集団の設営準備を行っていると、機材(角材・ビニールシート)が足りてないことに気づきました。生活用品にも忘れ物が多数あったので、一度福岡に戻ることにしました。今年度はフィールドワークに入る直前までかなりバタバタしていたので、いろいろボロが出てきます。道中ハガクレ・エンシュウの自然集団に立ち寄り、温度・湿度自動記録装置を設置、また調査に用いる個体のマーキングを行いました。

〜 温度・湿度自動記録装置の入っている百葉箱 〜


 

● 8月28日 (曇り)

 前線基地に戻ってきました。昨晩は研究室で久しぶりに人と会話しました。今日からはまた、約10日後にお手伝いの人が来てくれるまで、殆ど人と話をすることのない生活が始まります。それにしても、久しぶりに福岡に戻ると、交通マナーの悪さが目に付きますね。福岡では、車線変更時にウインカーを出したりすると高い確率で後続車に車幅を詰められて入れないようにされるので(底意地が悪い‥)、僕はウインカーを出さずに車線変更するようにしています。みんなカルシウム足りてないんじゃないかなぁ。ちなみに福岡市における人口当たりの交通事故率は、周辺地域と比較してもダントツで高いらしいです。

 午後から、実験集団の設置作業を継続して行いました。とりあえず、簡易温室が1基完成。

〜 実験集団に設置した簡易温室 〜


 

● 8月29日 (曇り時々雨、夕方から晴れ)

 昨日の夜は、かなり激しい雨と風が吹きました。今朝、設置作業中の実験集団に行くと、昨日完成したばかりの簡易温室が壊れていました。「一月半使えればいいんだから‥」などと思いながら簡単に作ったのですが、一月半どころか一晩も持ちませんでした。ダメダコリャ (C) Copyright いかりや長助。反省して、手元にある機材だけで、強化を施しました。今度は少々の雨や風では壊れることはないと思います。でも、台風が来たらもたないだろうなぁ。

 実験集団は、ハガクレ・エンシュウの鉢植えから構成されます。これらの鉢植えは、各変種の自然集団のそれぞれ100個体の未生を、今年6月の初旬に採集・移植して、育成させたものです。わざわざ実験集団を設置する目的は、各変種がその生活史で経験する環境分散を揃え、データに変種間の遺伝分散を極力反映するためです。私のように、集団間の比較研究を、植物のような環境に対する可塑性の高い材料を用いて行う際には、欠かすことができません。

〜 育成中の鉢植え(今年6月の撮影) 〜


 

● 8月30日 (快晴、のち曇り時々雨)

 簡易温室が、もう1基完成して、実験集団の準備が整いました。いよいよ明日からデータ取りを開始します。いったん始めてしまうと、雨だろうが台風の最中だろうが、毎日作業をしなくてはならないので、憂鬱な気分です。動物の行動を調べるような研究分野ならば、嵐の日は動物も巣穴に籠もっているので、人間も家に籠もってお休みできるのですが、材料が植物だとそうはいきません。

 で、九州だから毎年来るんだ。台風が。私のフィールドでも、半泣きになりながら作業をするような日が、毎年2〜3日は必ずあります。でも、泣きたいのを我慢して8時間位ぶっ通しで作業していると、妙に楽しい気分になってくるから不思議ですね。

〜 準備の整った実験集団 〜


 

● 8月31日 (曇り、時々雨、時々晴れ)

 いつもよりも早起きをして、午前中は実験集団での作業、午後はハガクレ自然集団での作業を始めました。実験集団においては、明日か明後日あたりに開花しそうな蕾を選び番号を付けて、送粉昆虫の訪問を防ぐための袋をかけていきます。蕾の袋掛けには、ナイロンメッシュを熱圧着シーラーで袋にしたもの使用していますが、この袋は、生地に適度なこしがある・通気性が高い・軽い・水を吸わない・安価で大量かつ簡便に作成可能、など野外で袋掛け実験を行うには完璧な条件を満たしています。私は修士一年の時にはガーゼの袋を使用していたのですが、これは雨が降ると吸水して花や葉にべっとり張り付いて腐らせたり、重くなって株を倒したりで、殆どまともな実験になりませんでした(*補注)。東急ハンズで適当な材料を探して、たどり着いたのがナイロンメッシュだったのですが、論文を読んでいると、よく「wedding veilで袋をかけた」などと書いてあるので、海外の研究者も同じ素材の袋を使っているようです。

[*補注 25 Jan 2001] あのチャールズ・ダーウィンも100年以上前に、その著書「The effect of cross and self fertilization in the vegetable kingdom」で同じようなことを書いていることに気づきました。矢原徹一の訳「植物の受精」(文一総合出版)より無断引用: また網が濡れていると、網に触れた花粉が傷んでしまうかもしれない。網にはきめの細かい「白い木綿ネット」を最初に用いたが、のちに1/10インチメッシュのネットを用いた。(以下略)

〜 番号を付けたハガクレツリフネソウの蕾 〜


 





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