研究材料の紹介
ハガクレツリフネソウ(Impatiens hypophylla)は近畿地方、四国、九州中部の山中に自生する1年草で、ハガクレツリフネソウ(Var.hypophylla)とエンシュウツリフネソウ(Var.microhypophylla)の2つの変種から構成される。両変種は、主に花の形態の違いにより分類され、前者では赤紫色で比較的大きな花冠を持ち、後者では白く小さな花冠を持つ。この2変種は側所的に分布する。
ハガクレツリフネソウ (Var. hypophylla)
エンシュウツリフネソウ (Var. microhypophylla)
写真は AKIYAMA, S. 1998. Memoirs of the National Science Museum, Tokyo 30: pp43-56. より許可を得て引用 (無断転載禁止)
この研究の直接的な目的は?
互いに花の形態が異なるハガクレツリフネソウ2変種の分化が、どのような機構によって生じたのかを明らかにする。
この研究の最終的な目標は?
被子植物の著しい多様性が、なぜ、どのようにして生じたのかを明らかにする。
では、なぜ花の形態に着目しているのか?
被子植物の種は栄養体では区別が難しいが、花の形でははっきりと異なることが多い。これは、生殖器官である花への選択圧の差が、その分化を生じさせる主要な要因の一つであることを強く示唆している。したがって、花の形態進化の解析は、植物の適応、種分化、多様化を考える上で本質的な意味を持っている。
では、なぜハガクレツリフネソウなのか?
「比較」という手法を用いて形質の進化を解析するためには、解析したい形質において分化している近縁系統集団が必須である。また、その形質の差を生じさせている生態的要因の検出を容易にするためには、1)解析対象以外の形質に違いが無い、2)ごく限定されたニッチの違いに分布域が規定される、という条件が加わる。過去の花の比較形態的な研究は、このような適切な系についての考慮を欠いていた。このため、形質の差とその生成要因との対応関係が不明瞭であり、花の形態進化の理解にあまり結び付かなかった。ハガクレツリフネソウの2変種は、花の形態のみに明確な分化が認められ、側所的に分布し極めて似たニッチを持っているなど、これらの観点から理想的な材料といえる。
またツリフネソウ属は、北米大陸の進化生物学者にとってもよく用いられる材料であり、様々な基礎データが充実していることも、利点として挙げられる。 [これまでの研究の概説]
論文
Sato, H. (2002) American Journal of Botany 89(2), 263-269.
"The role of autonomous self-pollination in the evolution of floral longevity in varieties of Impatiens hypophylla (Balsaminaceae)". [Abstract], [PDF]Sato, H. & Yahara, T. (1999) American Journal of Botany 86(12), 1699-1707.
"Trade-offs between flower number and investment to a flower in selfing and outcrossing varieties of Impatiens hypophylla (Balsaminaceae)". [Abstract], [PDF]