Last update: 5 Aug 2007
21世紀気候変動予測革新プログラム
課題「GCMと結合される全球植生動態モデルの高度化と検証」
サブテーマ1「植物個体群動態コンポーネントの高度化」
研究代表者: 和田英太郎 (海洋研究開発機構地球環境フロンティア研究センター)
研究期間: 2007.4-2012.3
このサブテーマの目的は、SEIB-DGVMの植物個体群動態コンポーネントを高度化し、植生変化の予測精度を向上させることである。
SEIB-DGVMは、全球に適用することを目的に開発されたため、全球すべての生態系に共通して働く生態系プロセスのみから構成されている。しかし、陸面生態系で働くプロセスには地域・生態系タイプに応じた多様性があり、そのような特殊事情を扱うことなしに、シミュレーションの信頼性を上げる事はできない。例えば、寒帯域における植生推移においては、数十年から数百年周期で生じる森林火災が強く関与している。これは、森林火災が地表の状態を大きく変化させ、そのような地表環境の変化が、この地域の木本の発芽条件や稚樹の生存条件を大きく左右するからである。このようなプロセスは、機構ベースでモデル化するには複雑すぎるし、また地域や生態系タイプごとの特異性が強い。したがって、経験ベースで構築した素過程モデルを、特定の地域・生態系のみで適用される外部強制力という形で取り込むことを計画している。これによってSEIB-DGVMは全球モデルとしての枠組みを保ちながら、地域・生態系に特異的な事象を扱うことが可能となる。
全球の陸域生態系の構造や機能をモデル化することは、生態学における究極の目標の一つであり、それを限られたマンパワーと期間とで達成するために、既存の研究やモデルを最大限に活用することを考える。すでに様々な地域の陸域生態系に対して、植物個体群動態や景観をシミュレートするモデルが多く構築されており、それらのうち野外データを用いた検証を経験し、かつ容易にSEIB-DGVMへ取り込み可能なものを利用する。具体的には、熱帯多雨林地帯についてはFORMIND、亜寒帯域についてはALFRESCOを予定している(FORMINDの取り込みに関しては、既に作業が開始され、有効性の確認や感度分析を実施する段階に達している)。そのようなモデルの多くは、GCMに結合させるためには、入出力変数の項目や空間スケールに欠落があるが、SEIB-DGVMに取り込まれることにより、それらの欠落は補完される。
全球植生モデルは、数100km×数100kmという粗い空間解像度で利用される事が一般的であるが、このサブテーマの目的は、この地理グリッド内における地形的多様性、それに伴った植生のモザイク構造を的確に扱うことである。具体的な手法としては、各グリッドを複数の地形クラス(斜面方位と標高に応じた)の集合として扱い、それぞれの地形クラスに対して気象・水文データの補正を行い、個別にシミュレーションを行う。そして、それぞれのシミュレーション出力を、その地形クラスの被覆割合で重み付け平均することで、グリッドの植生構造・機能を積算する。
このような方式のシミュレーションは、グリッド毎に地形データを整理し、モデルに地形タイプに応じた放射・水収支の補正式を組み込むだけで実行可能であり、現在のSEIB-DGVMの基本構造に大幅な変更を行う必要はない。しかし、この方式が実際に植生の構造と機能を的確に再現する上で有用であることを確認するため、幾つかの選択地点においてValidationを行う。Validationの対象としては、地形の差に応じて植生タイプが異なっており、また植生の基礎データや先行研究が存在する事により、要求する労力が比較的少ない地域を選択する。いまのところ、中央アジアのタイガ・草原・砂漠移行帯を対象地域の一つとして考えている。
ところで、地形的多様性を取り扱うのであれば、単純に空間解像度を高めるという方式が最も一般的である。しかし、実際の植生のモザイク構造を取り扱うためには、最低でも5kmメッシュ程度の空間解像度が必要であるし、また、将来的にモデルへの取り込みを検討しているメタンのフラックスなどは、更に細かな地形の差違に基づいている。したがって、より効果的な運用を考えるのであれば、ここで提案する地形をクラス分けするという方式が、より妥当と考える。
SEIB-DGVM単体のシミュレーションを、初期値やパラメーター値を様々に変化させながら実行する。これにより、どのようなパラメーターが植生変動を予測する際に重要であるのか、またモデルの安定性について、それぞれ定量的に評価される。また、GCMと結合したSEIB-DGVMを用いて、どのような大気-陸面間のフィードバック過程が、気候変動を予測する上で重要であるのか検討する。
全球シミュレーション出力を、衛星データを利用して検証する。用いる検証データは、 葉面積指数の季節変化パターン・光合成有効放射吸収率など、すでにデータセットが整備されているもの、また協力研究員より提供される植生構造、および植生経年変化の支配要因分布地図などを予定している
SEIB-DGVMを用いた予備的なシミュレーションより、今後100〜200年間の植生分布変化において、種子分散力が大きな影響を持ちうることが予測されている(論文投稿中)。例えば、亜寒帯林帯の南側は、高い種子分散力のもとでは温帯性落葉林帯に入れ替わるが、低い種子分散力のもとでは疎林帯となるという予測が得られている。もし、このような植生変化の違いが、将来の気候や水資源に大きく影響するようであれば、大規模な種子散布や植林プログラムを提言するなど、社会に対する研究成果の還元が可能となる。そのような可能性を探るため、本テーマでは、SEIB-DGVMと気象モデル間の相互作用を組み入れた気候予測シミュレーションを、異なる種子分散力の仮定の元で実行し、結果を比較する。
陸面生態系は多様かつ複雑なプロセスであるので、シミュレーションモデルを持続的に開発・発展させるためには、多くの生態学者の知見を集積する体制を構築することが肝要である。そのためには、SEIB-DGVMを陸面生態系モデルのデファクトスタンダードにしてしまうことが望ましいと考える。すでにSEIB-DGVMは、そのプログラムコードがWebsiteを通じて公開され、それを運用するための各種ツール類やドキュメントも充実しつつある。また、SEIB-DGVMは林分スケールの運用であれば、さして計算力は必要としないため、実際に複数のユーザーを獲得している。今後は、この流れを更に継承発展させていくことが、強く望まれる。
そこで本サブサブテーマでは、SEIB-DGVMのマニュアル、運用のための各種ツール(可視化プログラムや分析ツールなど)、そして入力用データセットを整備し、Websiteで公開する。例えば、任意の緯度と経度を入力すると、その地点をシミュレートさせる上で必要な入力データセットが取り出せるWebサービスを構築する。これはユーザーからの要望が最も強いサービスであり、短期間に実用化可能である。また、申請者によって開発された可視化ソフトウェアSEIB-Viewerの機能拡張を行い、高度なデータ解析を直感的に行うための環境を整備する。
文責: 佐藤永